雨音のする画廊

「素描」の魅力



GW真っ最中なわけですが、
今年はなんだか、季節が順当に進まないまま迎えた感じですね。


季節外れの暑さが続くかと思えば、雨の後一転してひんやりと…

皆さま、体調はいかがですか?



しかしそれ以上に、ここ半月ほど世間を騒がせた例のニュースには、なんだかぐったりと疲れてしまった。

ひとつ言いたい。


「セクハラにあたるかどうか」ってのは、やったほうが決めるんじゃないんですよ。

された側が不快に思い、
今後またそういう扱いを受けるのではないかとストレスを感じるのなら、それはセクハラだ。

そんなの分かんないよ、という御仁には、
「もし自分の身内がそういう目に遭ったらどう思うか」と考えることをお勧めする。

…というかそれしかないのだろう。
分からないのなら、想像してみるしかない。


人間のやることはいつでも不完全だが、それが思いやりというものだと思う。






さて近頃、といっても2月頃からずっとだが、
忙しさと春特有の体調不良(喘息持ちにはつらい季節だ)とにかまけて、
自分の描きたいものを描く時間を取れていない。

まとまった空き時間は、
溜まった疲れで起きられなかったり、
逆にそわそわして大掃除を始めたりして、消費してしまうのだ。



で、やっと「描きたいものを描く」半日ができたとして、
ここで必ずと言っていいほどに発生する事案がある。


なんか最初にざっくり描いたのが、いちばんいいんちゃうの、という問題である。

仕事だと当然、ある目的に適うように描くわけで、
ラフはラフとして、そこから整え、練っていかなければならない。


だが、
「単に自分の描きたいもの」の場合、
ラフスケッチがいちばんいい感じならば、そこからどうもしたくなくなってしまう、ということがよくあるのだ。


これがいわゆる初期衝動のなせるわざなのだろうか。



思えば、誰か名高い作家の展覧会に行っても、その図録だけ見るにしても、
そこにある「素描」あるいは「習作」に惹きつけられることが多かった。

鉛筆やチョーク、インクで描かれたそれらのスケッチは、
時に、より練られて完成された「作品」よりも生き生きとした魅力を放っているように思えた。


素早いタッチに見とれていると、
描いているときの息遣い、紙の擦れる音までもが聴こえるような気がするのだ。



素描の魅力。



…でもそういうのは「すごい人」の絵だけだって~( ^ω^ ;)



それが分かっていながら私は、
人目を避けられない、描きなおしもできない状況でスケッチをする、ということを敢えてする。
修行のつもりもあるけれど、
ジャズのひとたちが(描かずにいられないくらい)格好いいのだから、仕方がないのである。



どんなに下手でも、そこには、
あとで写真をみてじっくり描いたのとは違う、
スケッチならではの「現場の空気」がある(はず)なのだ。





Attachment-1 (1)
▲今年2月、京都le club jazzで。テーブルクロスとして敷かれたクラフト紙に、オイルパステル、色鉛筆



このときモデルになっていただいたのは、左から、角田さん(p)、萬さん(b)、光田さん(ds)の素敵なトリオ。



後から見て、「ここ直したい!モデルの皆さんすいません!」となるのは毎度のことだが、
直せないし、直さない。



描き捨てよ旅の恥、

一発勝負のジャズ・スケッチは機会がある限り続けるつもりである。




そこにわずかでも「素描の魅力」があるかどうかは、筆者自身にはわからない。

でも、懲りずに今後もアップしていくつもりですので、
「まだやっとんのか、しょうがないなあ」という感じで見ていただければ幸いです。






…ところで、
今書いたようなことが、
音楽や写真の世界にもあるのだろうか。


かなり気になるので、折を見て友人知人に訊いてみたいと思います( ^ω^ )














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  1. 2018/05/02(水) 23:30:59|

プロフィール

猫足

Author:猫足
京都生まれ、本業は工芸デザイン。
なのに趣味も絵。われながら不健康だと思います。


〔筆者近況〕

先日、帰りが遅くなり急いで歩いていたら、
「あたらしい餅」
と書かれたのぼりが立っていた。

そりゃ古いよりはいいだろうけどさ、
…とよく見ると、
「みたらし小餅」だった。

こんな調子でいろいろ誤解してないか心配である。

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