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雨音のする画廊

無題、あるいは廊下について


こんばんは、
ご無沙汰しております、筆者の猫足です。



更新をしばらくさぼると、
「一ヶ月以上更新のないブログに表示される広告」がトップに来てしまう。
そして、読んだこともない漫画の数コマなどが表示されるのである。


これはなんか負けた気にさせますね。
ほれ見てみ、あんたには無理やろ、と言われたような…(被害妄想




書くのが久しぶりだからといってネタがすごく溜まっているというわけではない、
なぜなら、秋~春にかけて忙しい仕事が2月にピークを迎えるからだ。


「なんで2月なの」と某先生が訊いた。

一般的に暇な時期を「ニッパチ」などと言うが、筆者の仕事には当てはまらない。
「説明したら小一時間かかりますけど、いいですか」と答えたら、先生は「じゃあいい」と言った。

面倒だし別に面白くもないので、ここにも書きませんヽ( ´_`)丿




ようやく忙しさも一段落して、本稿のタイトルはなんとなく「無題」



連続出勤を終えて、この日曜にはのんびり掃除をした。
盛り返しはじめた早春の日射しに、ほこりなどがはっきり見えはじめると、どうでも掃除せねばという気になる。

小さな部屋なのに南北両面に大きな窓がある変った造りで(だからここに決めたのだが)、
晴れた日の日中は照明が要らないくらい明るいのだ。


だから逆に、体調がわるくて寝ていたいときにはこの明るさが邪魔になる。
ポーの小説の登場人物よろしく、
遮光カーテンの端を重ねるように閉じて、昼だか夜だか分からないくらいにして過ごす。
そしてまた回復すると、自然光をいっぱいに取り込みたくなるのである。


ひとの気分というもの、
環境の明るさ、色彩やデザインと密接にかかわりあっていますね。





さて、忙しいとつい余裕がなくなって職場の雰囲気が固くなりがちなのだが、
そんな中同僚と、こんど一段落したら美味しい珈琲を飲みに行きましょうという話になった。

おすすめできるところはいくつかあるけれど、
私はその同僚が行ったことがないという前田珈琲・明倫店に案内したいと思った。

当ブログで少し前に書いた、京都芸術センター内の喫茶店のことである。


あそこは建築じたいも面白いから、などと話したあと、
ふと「廊下」について考えはじめた。




DSCN2175.jpg
▲芸術センター(旧明倫小学校)の廊下



…私が通っていた高校の廊下にじつによく似ていて、
懐かしい気持ちでいっぱいになる。





廊下。


通路として複数の部屋をつなぐ、という機能しかないスペースのようにみえる。
「通路しかない建築」などというものはエッシャーの絵のなかにしか存在しないのだろう。

(そして、もしもエッシャーの無限回廊を夢の中で体験するとしたら、それは正真正銘の悪夢である)




廊下の始点に立ったとき、
その建物のもつ雰囲気が、明確な一点透視でもって視界に飛び込んでくる。

デザインが凝縮される、といってもいい。


明るいか暗いか、新しいか古いか、
冷たいか暖かいか、
突き当りに何が見えるか。


そこを歩くと、当然ながら視界は流れて変化する。



…どうでもいいといえばいいが、
建築において廊下というもののありようが人の心理に及ぼす影響は、かなり大きいのではないだろうか。




意識的に廊下を歩いて、建築を体験する
これが(地味に)面白い。






忙しさがピークを過ぎたとしても、そんなに遠出はできない生活だけれど、
また素敵な廊下を見つけたらアップしようと思います。






waka_web_201604_2.jpg





(陰翳のトーンの差がじつに美しい廊下。
写真家・吉村登氏の作品を、許可を得て転載させていただきました)












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  1. 2018/02/21(水) 23:49:16|
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プロフィール

猫足

Author:猫足
京都生まれ、本業は工芸デザイン。
なのに趣味も絵。われながら不健康だと思います。


〔筆者近況〕

夜間によく吠えてうるさかった近所の犬が、
しばらく屋内にしまわれていたのだが、
最近、外の犬小屋に戻ってきた。

彼は、このひと夏で何か学習したのだろうか。


しばらく観察します。

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