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雨音のする画廊

薫り立つ陰翳




「われわれ東洋人は何でもないところに陰翳を生ぜしめて、美を創造するのである。
…われわれの思索のしかたはとかくそう云う風であって、
美は物体にあるのではなく、
物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える」



(「陰翳礼賛」谷崎潤一郎、中公文庫より)






…梅雨。京都では、祇園祭の山鉾巡行あたりで空ける、と言われています。


喘息持ちにはなにかと良くない季節だけれど、
灰色の空と濡れた緑は眼にやさしい。




いつもそういう薄暗いことを書いている筆者は、
谷崎潤一郎がどちらかというと苦手で読まないくせに、
上記の「陰翳礼賛」だけは、
記憶のあちこちにその断片が刺さったまま、いまも抜けないようである。








春に出張で東京に出かけたとき、
上野の国立西洋美術館でやっていたのが「カラヴァッジョ展」だった。

時間的に余裕がなく観ることはできなかったが、
館内のレストランで食事だけしようとして、その混雑ぶりを目の当たりにした。
(それも結局断念した)

カラヴァッジョといえば、画面を照らすあの強烈な光だ。
真に迫る、というよりは、過剰なまでの「演出」を感じさせる。
暗転した舞台に立つ俳優にスポットライトを当てるようなものだ。
光を強くするためには、当然影はどこまでも深く、濃くなければならない。




しかし、「陰影」が文字通り陰暗いまま、
なにかを溶かし込んだまま…
というような表現もある。




何年か前、
とあるバンドのCDを手にして、その見開きに使われていたアーティスト写真が奇妙に心に引っかかった。

そのバンドのライブを撮ったものだったが、
一言でいえば「暗かった」
一番手前のメンバーさんに至っては、ほとんどシルエットと化していた。


ジャケットにこんな暗い画を使うかしら、と思ったくらいだが、
それは何かしら濃厚なある「気配」をたたえていて、
私が彼らのファンであるということを差し引いても、奇妙に魅力的な写真だった。


その後機会に恵まれ、
その写真を撮ったかたと知り合うことになった。



フォトグラファー、吉村登氏。

もちろんプロとして、どういった要求にも応える技術をお持ちなのだろうと思うけれど、
ご自分で選んでウェブ上に載せていらっしゃる作品には、
やはりあのとき私の印象に焼き付いたような、
深い陰影をもつものが多い。







DSC07147s_2_20160607231022083.jpg




おととしの高槻ジャズストリートで、ご友人のアルトサックス奏者を撮られた写真。

よけいな情報は闇に沈んで、
あの大賑わいのイベントで撮られたとはとても思えなかった。

奏者の山中氏が譜面でもめくっているところなのか、
この楽器はいま音を出してはいない。

しかし今さっきまで鳴っていた、
そしてまた音を出す、
というようなわずかな、しかし熱気をはらんだ「間」が息づいている。



トリミングもお洒落だけれど、
やはりこの深く美しい陰影がものを言っているようである。





img_20100817T151902800.jpg



カフェの午後。
あえて暗いままの画のなかに、拭き込まれたカウンターや手すりの質感が際立つ。






DSC_5623_thumb.jpg




同じ場所でのライブ写真、写っているのは井上知樹氏(gt)。


高槻のJKCafeは、ジャズ好きにはかなり有名なお店である。
「昼なお暗く」と言っていいくらい、よけいな明かりのないところで、
私はそこも気に入っているのだが、スケッチなどするにはやはり少し光が足りない。

しかし吉村さんにとっては、
この暗さも、魅力的な写真を撮るための一要因でしかないのかもしれない。







京都に住む私がすっかりお馴染みのはずの景色も、
同氏が撮られると、意外な表情をみせる。




DSC04941_thumb (1)




四条大橋そばの交差点で撮られた、ということはすぐに分かる、
空の表情がじつに美しい。
しかしこれは何時ごろなのだろう?

あえて補正などしないままというその暗さが、逆にこの画を脳裡に焼き付けるようである。

こういう記憶が、よくわからない夢の背景になったりするのかもしれない。







DSC05432_thumb gennsunn



似た表現だと思うが、これは今回の趣旨から若干外れるかもしれない。
でもすごく面白くて好きな作品なので転載させていただきます。


前景はほぼシルエット扱いの人々。

ビルの谷間に広がる空、
その空が一部粗いデジタル表示みたいになっているのである。

スカイビルが作り出したシュールな風景。
肉眼で見るよりもかなり暗く撮られた青空が、鏡面の映りこみをいっそうひきたたせている。









DSC09698-thumb-autox608-85.jpg



建物の詳細なディテールはもうほとんどわからない。

しかし、この深い陰影と、差し込む光とのバランスがじつに美しいので、そんなことはどうでもいい。
じっと見ていると、音のしないこの場所にただひとり佇んでいるような気にさえなるだろう。

私はなんとなくデ・キリコの絵画を思い出した。
あの奇妙な広場に建っている奇妙な建築の内側はこんなではないのか。







今回は、
吉村さんに許可をいただいて、
私が特に好きな作品を転載し、勝手に鑑賞する。という、自己中ここに極まれりな記事である(´∀`*;)スミマセン

なので、いつでもこういう暗めの画ばかり撮っていらっしゃるわけではない。
(桜、街、あとカワセミやコミミズクの写真など素晴らしいのです)



だけれど、
同氏が新しく開設されたフォトログに掲載されているのは、ほとんどがモノクローム。


「永遠の一瞬」と銘打たれた作品群からは、
やはりその「一瞬」を焼き付ける陰影と光のバランスに、心を砕いておられるのが伝わってくるようだ。








海床路









DSC01750wb (1)










冒頭の「陰翳礼賛」の部分は、
室内の設計についての文章だったと思う。


しかし、たびたびこういう作品を拝見していると、
陰影、
気配、
間…

というようなものに対する日本人のこだわりは、
どの表現ジャンルであっても、
どんなに科学が発達しても、
機材の性能が凄くなっても、
DNAとして受け継がれるのではないか。と考えさせられてしまうのだ。





まあ、しょせんは一鑑賞者の感想にすぎない。
それが当たっていてもいなくても、素敵であることには変わりありません。



ここに、吉村さんのフォトログへのリンクを載せておきます。


Eternal Moment 永遠の一瞬






ところで、
鑑賞者として書くのはたのしい作業だったが、
自分が「撮られる側」だったらどうだろう。




img083@_20160704084711595.jpg







実際にお会いする機会はあまりないのだが、 
若干、視線恐怖の気がある筆者は、あのレンズを向けられるとつい逃亡したくなってしまうのである。
(カメラのレンズは大きな目玉に他ならない)



…けれど、
素敵な作品の数々をウェブ上で拝見していると、
この陰のなかに入ってみたい、と思ってしまうこともある。

自分も、溶け込んだり紛れ込んだりしてみたくなるのだ。




これぞ、薫り立つ陰翳のなさしめるマジック。





今後も、そんな素敵な作品を鑑賞できることをたのしみにしています。





















































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  1. 2016/07/03(日) 23:23:09|
  2. 未分類

プロフィール

猫足

Author:猫足
京都生まれ、本業は工芸デザイン。
なのに趣味も絵。われながら不健康だと思います。


〔筆者近況〕

よく乗るバスが某女子大を通るので、
そこの学生のファッションを観るのが面白い。

夏の終わりからファーの帽子を被っているかと思うと、
秋が深まっても素足に短いソックスを履いている。

ああ、
外気温に左右されないのが若さというものだ。
…としみじみ思う傍観者です。

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